チャイナタウン

　どちらかというとハメットよりチャンドラーの影響を多分に受けているロバート・タウンの脚本は見事だ。映画は警察官くずれの私立探偵ジャック・ニコルソンの「一人称」で進むので、彼がいない場所の出来事は一切描写されない。だから、背後の陰謀とか人間関係とか物語の進行がちょっと分かりにくいかもしれないけれど、それもハードボイルド的である。
　ただし、ハードボイルドにおける重要な命題、ニコルソン演じる探偵を突き動かしているものについて映画は饒舌ではない。それはポランスキーの繊細さの表れでもあると思うのだが、巨悪を断罪するというヒロイックな動機ではなく、騙されたり襲われたり警察に睨まれたりといった窮地から脱出するためという保身が見え隠れする。
　ありていに言えば、この探偵はかなりダメなヤツである。今回見直してみると（つまり真相を知った上で見ると）、そのダメさ加減はかなりのものだ。実に７０年代的とも言えるのだけど、ハリウッド監督ではなくポランスキーが起用された意味もまたそこにあると思う。
　実にクラシックな手触りの映像は美しくも息苦しい。事件の本筋が見えない探偵を象徴してか、フレームはたいてい（寄り目の）バストショットかクロースアップの人物で埋め尽くされている。愛妻の惨殺事件後はじめてロサンゼルスに戻ったポランスキーがロサンゼルスの成り立ちに絡む水利権（「水」は彼の作品の主題のひとつだと思う）をめぐる陰謀の映画を撮ったこと、本作の「真相」と後のスキャンダルのシンクロなども興味深い。
　フェイ・ダナウェイの美貌、ジョン・ヒューストンの虚無感も実に素晴らしく、８５点。

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　ここで「ＬＡコンフィデンシャル」を引き合いに出しては、カーティス・ハンソンに酷だろうか。
ノワール映画の黒にもいろいろある。「ＬＡコンフィデンシャル」の闇は、アイリッシュふうに言えば「若かった」。
荒々しくも初々しい染めたての黒だった。
この「チャイナタウン」の闇はもっと老獪でくせ者だ。漆黒のベルベットのように、妖しくなまめかしく光ってひとを誘うかと思えば、底なしの深い黒の重なりで観客を窒息させる。愛妻をお腹の児もろとも失った街で撮った映画だもの、ポランスキーの情念は、抑えたって滲み出る。

　神話から出てきたかのような馬にまたがった少年が、石ころだらけの川底に現れれば、涸れた川には橋の下で眠る人間を溺れさせるほどの水が流れる。
夜、干上がったダムの放水溝を一人歩いていれば、突然轟音とともに水が押し寄せる。そこから命からがら逃げ出せば、怪しい小男にナイフで鼻をそぎ落とされそうになる。
テーブルの魚料理の目が、じっとこちらを睨む。オレンジ畑を調べていれば銃を持った男たちに行く手をふさがれ、追い詰められ四方から囲まれる。私立探偵ジェイク（ジャック・ニコルソン）を襲う事態は、まるで悪夢のなかの出来事のようではないか。そもそも最初の依頼人が偽物であったこと自体、悪夢の幕開けにふさわしい。
　懐中時計は砕かれることによって時を示す。女の車はテールランプの一つが壊されていて暗いことによって、すぐに見分けがつく。破壊がここでは重要な意味を帯び、結末を暗示するかのようでもある。
鼻を深く傷つけられた時点で、ジェイクのプライドは敗北を宣言されてしまったも同然かもしれない。鼻には男性器の象徴という意味もあるようだが、イヴリン（フェイ・ダナウェイ）がそっとジェイクの鼻の傷に触れるシーン、愛の交わりははかないものに終わるという、こちらも暗示だったのかもしれない。

　原作のあった「ＬＡコンフィデンシャル」に対してこちらはロバート・タウンの完全オリジナル。砂漠の人工都市ロスの水道開発の史実をふまえ、警察の腐敗以上に悪辣ともいえる市民生活のライフライン、水を私物化して巨利を得ようとする勢力に挑む。それだけでも面白いが、そこにさらに父と娘の、こちらも神話的な禁忌の関係を絡める。そのことがこの映画の「黒」を、深く果てしないものにしていて、思い切った着想に脱帽する。
　水はあらゆるものをのみ込み、あらゆる器に収まり、あらゆる場所を流れていくが、人間の性も、なんでもあり、欲望に果てはなく流れ続けるということなのだろうか。水の私物化の黒幕ノア・クロス（ジョン・ヒューストン）は、性の禁忌も踏み越えてしまった人物でもあった。
　ジャック・ニコルソンとジョン・ヒューストンが、いつのまにか廃墟のように変わってしまったモーレイ邸で対決するシーン、私的には悪夢の最高潮に見えた。ホラー映画のように邸内にはおどろおどろしい気配が立ちこめ、背景は舞台の書き割りのようになっている。ジョン・ヒューストンの異様な存在感は見もの。あらゆる悪と汚辱にまみれた人物が紳士の微笑を浮かべて端然とたたずんでいるのである。

　イヴリン役にはジェーン・フォンダも候補に挙がったそうであるが、彼女ではなくてよかった。フェイ・ダナウェイの淋しげな不幸顔が最高。「俺たちに明日はない」で感激したみごとな筋肉質の「背中」でも魅せてくれる。
チャイナタウンの意味するところが、最初はわからなかったが、中国人社会の複雑さに、アメリカ当局は手出しができない、何が起こっても手をこまねいて見ている以外ないのだ、傍観しているしかないとの、諦めあるいは絶望の表現らしい。
　私立探偵ジェイクはチャイナタウンで再び苦い敗北を噛みしめなければならなかった。夜は続く。

ある浮気調査を発端に
見え隠れするダム建設にまつわる疑惑

どこか胡散臭い探偵ギデスと
何かを懸命に隠すイヴリン

芽生えたもの、守ろうとしたもの全てが無に帰る。
根源はまだ優しげに微笑み
ギデスは　チャイナタウンの名も知らぬ人々の群れの中
ただの部外者でしかないことを思い知る。


音楽とムードの余韻がいつまでも続きました。
底知れぬ虚無感と脱力感とを味わいたい方に
お勧めします。

作った映画は流石に面白い。個人的には☆４．５個。とても「ムードに酔える」作品でした。スクリーンを漂うような、はたまたガチッと羽交い絞めにするようなジェリー・ゴールドスミス の音楽も余韻がず〜んと残る旋律で、タマラナク・イイですね。
鑑賞前は「収録時間131分なんて長すぎるな〜」と思ったのですが、実際に観終わったあとには「意外と長くないなぁ」と感じました。
私立探偵を演じるジャック・ニコルソンのスーツの着こなしも、タバコを取り出す仕草も、せりふもカッコ良さ満点だ。フェイ・ダナウェイもスタイリッシュで、お化粧も美しいし、色気も可愛さも哀れさも充分に出してて、個人的にはボニーとクライドの時よりも好きだなぁ。それに巨悪を演じるのが名匠ジョン・ヒューストンとはねぇ〜！「マルタの鷹 -1941作-」の監督をこんなにシブク使ったり、自分はカメオ出演してニコルソンの鼻をナイフで切ったり・・・、「ポランスキーってホンマに映画数奇やなぁ〜」と関西弁で関心してしまいました。
25歳以上の人には「観てみたら？」とお薦めしたい作品ですね。

ロキュの69日連続レビュー　�V　　第４５日
　　拗音で始まる題名の映画レビュー　 「　チャ　」

フィルム・ノワールのクラシックとして映画史に残る作品。
　ジャック・ニコルソン、フェイ・ダナウェイ、ロマン・ポランスキー、それぞれの代表作といえる作品。
　　・・・という高い評価がある一方、フィルム・ノワールにありがちですが、解りにくくてすっきりしないストーリーなのはたしか。
そして、これまた逸話の多い映画として知られる作品で、その類の話が好きな者にはたまらない映画です。

(　ネタばれあり)
まず、昨日レビューしたロバート・エヴァンスの代表作で、オープニングのクレジットから、オレの作品だとはっきり打ち出しています。

ロマン・ポランスキーにとっては、あのシャロン・テート事件後『　マクベス　』などヨーロッパでは仕事を再開していましたが、あれ以来ハリウッドに戻って撮った最初の作品。
そして、結果的に最後のハリウッド映画になってしまいました。　理由は例の未成年少女との淫行事件を起こしたからで、『　戦場のピアニスト　』でアカデミー監督賞を獲っても会場にいけなかった。　戻れば逮捕・服役となるから。　ちなみに元少女本人とは和解しています。

本作はハリウッドでは名脚本の一つと評価され、脚本家ロバート・タウンの代表作となり、アカデミー脚本賞も受賞しています。
しかし、ロマン・ポランスキーとは意見の衝突ばかりで、結末も強引に押し切られて変えたので、本人の中には不満が残っていたようです。

フェイ・ダナウェイはロマン・ボランスキーとの初対面で「　君は扱いにくい女優なんだってねえ　」と言われ、撮影中も何回か揉めて、何回も私降りると言ったそうで・・・。(笑)
たとえば、ある時「　監督、この役の動機がつかめないんですけど・・」と言うと、「　とっととセリフを言え。　くそみたいなセリフでも、君のもらうギャラがそれを言う動機だ　」と言われたとか・・・(笑)
たとえば、ある時キレた彼女がポランスキーを平手打ちして、「　ああ、すっきりした。　こんな気持ち『　俺たちに明日はない　』を撮って以来よ　」と言ったとか。　それでも撮影は続いたらしい。(笑)

あるシーンがなかなかうまくいかず、イライラした彼女はジャック・ニコルソンに「　いいから私を思いっきり引っぱたきなさいよ　」と言って、そのとおりにすると一発OKとなったが、ジャックは彼女に悪くて、しばらく気まずく思ったらしい。

　地元のボス役ジョン・ヒューストンの出演は、当然『　マルタの鷹　』を撮った監督への敬意からの起用で、その怪演が映画成功の一因ですが、ジャック・ニコルソン演じるギデスと初めて会うシーンが興味深い。　　
当時ジャックは娘のアンジェリカ・ヒューストンとつきあっていて、彼女も撮影中唯一現場に立ち会っていた、そのシーンのセリフがなかなかきわどくて　(笑)・・・気まずくて緊張しただろうなと思われます。

　ジョン・ヒューストンとフェイ・ダナウェイ演じる父と娘の関係が、この映画のキーですが、当時はまだそれほど認識されず、ちょっと信じがたかった問題。
　アメリカでも日本でも今や現実にある深刻な問題です。

　さて、タイトルの『　チャイナタウン　』について。
　ロバート・タウンの準備稿を読んだジャック・ニコルソンがひらめいて付けたタイトルだそうです。　なかったチャイナ・タウン絡みの設定やセリフが追加されたのですが、なぜ「　チャイナタウン　」なのか、
　前から何回か書いてきたことですが・・・・私見を述べます。

　小説や映画では、ある土地のイメージが定番となって記号化することがあります。
　パリと言えば「　花の都　」、ニューヨークと言えば「　摩天楼　」、上海と言えば「　魔都　」と言うように。
　では「　チャイナタウン　」の記号は何かというと、犯罪小説、犯罪映画では「　暗黒街　」とか「　闇社会　」などになります。
　司法も警察も力が及ばないし、宗教もモラルも及ばない、闇の権力に支配されたヤバい地域としての中華街。　　　　
　
　もちろん、そんな定義は辞書にも、映画解説書にもどこにも書いてありません。　民族差別的なニュアンスがありますから、常識のある人は地雷を踏んだりしません。
僕の個人的見解ですから、妥当な解釈かはみなさんもご自身で判断してください。
( つづく　)