マディソン郡の橋

髪も薄くなり、筋肉も醜く衰えた初老の男。荒れた肌に、体の線もすっかり弛緩した中年の女。
もはや二人は魅力的な男と女ではない。なのに、その間に漂う濃密なエロチシズムは何だろう。

清廉とは言えない恋。互いに確かな情欲もある。
しかし、肉体という匣に閉じ込められた僕たちが、愛する人に最も近づくために、一線を越えたいと思うのはきっと自然なことだ。
そしてそれは、重ねるごとに魂が溶け合う行為でもある。（少なくともある時点までは）
それでも二人は、特にフランチェスカは、それを選択しなかった。
愛も欲も４日間に閉じ込め、今の「生」を、今いる場所で全うしようと決めたから。

だからこそ、肉体という匣から解放された世界で、二人はひとつになることを望んだ。
あの橋の上から白い灰が風に運ばれた時、想いはようやく純粋な愛へと昇華されたのだと思う。

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二人が出逢った直後、イーストウッドがトンネル付近で写真を撮っている最中に、メリル・ストリーブがトンネルの中を歩くその様が。
いったんイーストウッドを送り出した後、メリル・ストリーブが食事後にテラスで休んでいる時の、拾いスカートがはためく様。
そして、「別れ」の雨にぬれるフロントガラスを通した二人のそれぞれの表情。
こと「画」の美しさという点に関しては、イーストウッド作品の中でも一、二を争うものなのではないだろうか。
もちろんイーストウッドの映画だから、この美しさは「絵葉書の美しさ」などではない。

散骨のシーンで始まっており　やはり　イーストウッドの映画は
死の匂いが濃厚にただよう

雨のラストがものすごいのは　それまで比較的　諧調を保って進行していたメロドラマが　そこで　突如として　雨の中に　泣き崩れてしまうことだ

私は驚愕した　映画自体が泣いているのだ

しかし日本にも　同じようにラストに　突如諧調をくずしてしまうところが　素晴らしい一本がある

それはヤルセナキ男　成瀬巳喜男の　
高峰秀子　加山雄三主演　「乱れる」！　

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この映画は公開時に観たし、さっきBSでやっていたのでまた観た。

クリント・イーストウッドって、この人は監督としては天才だ。この10年でその評価は不動になったと言ってよいだろう。過去の作品も改めて観てみると、その素晴らしさを再発見する。

この映画も同様だ。最初に観たときは中年女性をターゲットにした純愛夢物語映画かと思った。多くの人は今でもそんな見方をするだろう。しかし私はいまや自分がフランチェスカの年齢を追い越し、男だけれど彼女の心情がよく分かるようになった。まず、フランチェスカがイタリア人だと言う事が理解の鍵である。

あなた、アイオワって、どこだか知ってますか。フランチェスカが服を買ったデモインて、聞いたことありますか。ツェッポラって、どんな形の食べ物か知ってますか。

デモインは「愛と追憶の日々(1983)」でデブラ・ウィンガーが夫と最初に引っ越した町だ。
それ以外に聞いたことがない。

国際結婚というのは、概ねそんなものだ。見たことも聞いたことも無い場所、食べ物も違う、言葉ももちろん違う、風習も違う。アメリカに憧れを持っても、実際のアメリカはほとんどが田舎である。国際結婚でアメリカに行った人はみんな概ねフランチェスカの気持ちが分かるはず。しかも中年になったらなおさらだ。唯一の楽しみはオペラをラジオで聞くぐらい【ヨーロッパ人なら普通の人でもオペラは趣味になるがアメリカ人には少ない】だが、それも娘に勝手にロック音楽に切り替えられてしまう。【フランチェスカはマリア・カラスの唄うアリアを聴いている】

そういう、近所の誰とも共有できない孤独感を持っている時に、バリ【Bali】、行ったことあるよ、イェーツの詩、私も覚えているよ、夢、叶わなかったことより持っていたことに価値があるんだよ、……と、次々に乾いている心に水を注いでくれる人が現われたら、それは惹かれるに決まっている。男の側としては、ロバート（イーストウッド）はフランチェスカ（メリル・ストリープ）のどこに惹かれたのか。

両者とも美男美女ではない。だから若者がハンサムな男、キュートな女に惹かれるのとはまったく一線を画している。メリル・ストリープはこの役のために八キロほど太ったそうだ。別に純愛と定義づけ無くとも良い。実際フランチェスカは耐え切れない欲望（エロチックな、と何度も繰り返している）を覚えているんだし、ちゃんとやることはやっている。ロバートは、人生のすべてはここに来るためにあったんだ、とまで言う。ロバートが何歳か知らないが、クリント・イーストウッドはこのとき64歳だよ。普通、言えません、そういうセリフは。

不覚にも涙が出たのは、リチャード（フランチェスカの夫）が臨終の床でフランチェスカに「お前にも夢があったろう。叶えてやれなくて済まなかった」と言ったときだった。この人なりにフランチェスカを一生愛していたのだ。現世では思い通りにならなかったリチャードとフランチェスカとロバート、その姿を観たら、人は誰でも自分の伴侶をもっと愛してやろう、と思うのではないだろうか。

クリント・イーストウッド、男と女の愛を描いても天才だった。そういう映画だ。

愛と恋は違う。
愛は自分を犠牲にしてもすべてをその人に注げる。その人を守るためなら何でもする。
恋は一時の情熱に惑わされる突発性発熱のようなもの。
中年期に入った男女は、愛は知り尽くしたので、恋を求めてしまうのだ。自分を淫らにする恋をしたいと望むのだ。
フランチェスカはおばさん化していく日常にほんの少しスパイスを聞かせてピリッとさせたかった。スパイスが効きすぎて、かなり辛いものになるとは知らずに。
恋は愛に負けた。恋のために愛は捨てられなかった。
だからこそ死ぬその時までキンケードを想い忘れることは無かったのだろう。恋が愛に変われば、それはまた普通の日常になり、男女の想いはただの情愛と化すのだから。。

それにしても、フランチェスカに感情移入して号泣してしまった私って。。(^_^;)