ヘブンズ・アバーブ

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　コーエン兄弟がリメイクした『マダムと泥棒』や、昨年リリースされたアレック・ギネスの『カインド・ハート』『ラベンダーヒル・モブ』など50年代の英国コメディの秀作は、当時製作したスタジオ名からイーリング・コメディと呼ばれるそうです。権威を笑いのめしたシニカルでブラックなユーモアは、のちのモンティ・パイソンなどにも受け継がれているような気がします。
　この『ヘブンズ・アバーブ』を監督した双子のボールティング兄弟もイーリング・コメディの流れをくんでいるのではないかと思うのですが、以前観た『マダム・グルニエ』がそうであったように、のんびりした作風で、上記の作品のような鋭さがないのが惜しいなあと思います。この作品もお話はかなり刺激的なのですが、どうにもテンポがゆったりしています。
　いろんな宗派の教会が乱立する英国の地方都市に、手違いでやってきた牧師（ピーター・セラーズ）は、ひじょうに純朴でまっすぐな信仰心を持っていました。彼は教会の幹部のように現世的な利益や社会秩序と折り合いをつけることができないので、ホームレスの一家を教会に住まわせることを手始めとして、慈善活動に邁進していきます。これに地元の富豪の未亡人が共鳴し、無償で食料を配り始めたことから、地元商店街には閑古鳥が鳴き、地域経済がおかしくなっていきます。さらに未亡人が慈善資金づくりのため、株を売り払った地元の大企業には業績不振の観測が出て、レイオフ・ストライキ・暴動に発展、ついにを首相が乗り出す騒ぎとなってしまいます。
　セラーズ牧師はクルーゾーのような大げさなギャグ芝居をすることなく、いつも穏やかに信条にしたがって行動しているだけなのですが、この大混乱の元凶となってしまう。どこか後年の傑作『チャンス』を思い起こさせる佇まいなのですが、彼は助けたホームレスからもバカにされ、騙され、誰にも感謝されることなく放逐されてしまうのです。
　英国の階級社会を背景として、教会も、富豪も、企業も、市民も貧乏人も、みんな一皮むけば自分の欲望を満たすことしか関心がないことが描かれます。ひとり純粋に誰かの役に立ちたいと願うセラーズ牧師は、ついに天に召されるほかないという、実にシニカルなコメディです。
　そんなお話を作り手は、ナンセンスコメディではなく、どこかしんみりさせるコミカルなドラマとして演出してしまっています。これは『チャンス』同様、主人公のキャラクターに引っ張られているのではないかと思うのですが、僕はちょっと不満でした。
　とはいえ爆笑を期待せず、のんびりイギリスのチクチクした笑いを楽しむには、なかなかよい作品ではないかと思いました。５５点。