胡同の理髪師

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胡同（フートン）で暮らす理髪店を営む理髪師チンさんが、老人と消えいく街を重ね合わせて、時代の変化と人の生死を見つめ、失われていくものに対する哀感を描いた作品ですね。

チンさんは、毎朝６時に目覚め、午前中は馴染み客の家を三輪車で訪問して散髪し、午後は友人たちと麻雀を楽しみ、夜９時には床に就く。規則正しい生活は、長生きの秘訣なのかもしれません。

この規則正しい生活を送っている中で、その隣では、北京オリンピックで次々と長屋が壊されていく。
チンさんの部屋にあるぜんまい時計は、毎日５分遅れてしまう。
修理屋に持っていくも、電子時計を勧められる始末。
チンさんの物を大切にする姿は、壊れたからといって、どんどん捨て新しいものに買い換えてきた私達にとって、後悔することもあるよと教えてくれているかのようです。

毎日同じ事が、同じように繰り返されている静かな日常。
しかし、チンさんの友人が一人、また一人と亡くなる。
どんどんと目まぐるしく変わっていく周囲で、あたかも変わりなく客の髭をそり、髪を切る。この姿が実に凛として美しいのです。
淡々とした日常生活を送りながら、自分もそう遠くない未来に訪れるであろう死を意識するチンさん。
チンさんの死に備えて黙々と準備する姿は、私も考えさせられる事ありでした。
確実に急に変化しているフートンの周り。けれども、自分を見失わずに生きる老人の姿に胸をうたれます。
目先の利益ばかりを追った世の中が失くしたものは、風情ある街並みばかりではなく、人間の品格かも？？なんて思ってしまいました。

北京オリンピックを目の前にして急激に押し寄せる近代化の波
そんな中でも、胡同と呼ばれる地区では、昔ながらの街並が続く。
ところが近代化の波はこの街をも飲みこもうとして、立ち退きを迫られている。
その街に生き、古くから住む気のいい住人
その一人である90歳を過ぎた理髪師チンさん。
彼は店を構えることなく、リアカーをつけた自転車で、出前理髪に行く。
決して震えることのないその確かな手つき、確かなハサミさばき、とても90歳を過ぎた老人のものとは思えない。
チンさんの手にかかったら、魔法のように皆一葉に幸せな表情になってしまうのだ。
多くを望まず
分相応を心得て
古いものを大切に
毎日を規則正しく過ごし
時々仲間と麻雀をすることがささやかな楽しみで
自分の生きてきた人生を誇りにして、背筋を伸ばして凛と生きるチンさん。

あと20年は使うから大切にしてね、と93歳の老人に身分証明書を渡す民生員のこっけいさや
お金のために親を引き取りロクな面倒も見ない子らへの冷たい眼差し
５００字以内で生い立ちを書けという葬儀屋の一方的で事務的な対応に対するチンさんの戸惑い
老人は老人なりに綺麗にしているべき、死ぬときも綺麗に死ぬべきと考えるチンさん。
このチンという一人の老人に、その静かなる凛とした生き方に、いろいろなことを教えられた映画だ。
振り子時計を赤子を守るように大切に抱きしめるチンさんの姿が印象的だった。

映画から５年がたち、更なる近代化と遂げている中国。
そんな中にあって、チン老人は今でも元気に理髪屋をやっているのだろうか・・
やっていてくれていることを切に願う・・

昔

いつも大好きな祖母の持ち物を動かして歩いた

鏡台の前のつげや椿油

電話まわりの暦、電話帳　転がっているペンの向きに至るまで

家の中のものたちそれぞれに低位置があった

履物をちょっとずらし　ペンやつげの向きを変えるのが

たまに訪ねたときの常だった


散らかしやの孫がくる度　やれやれなど言いながら

ちょんちょんと　直して歩く

祖母のイライラとする様子が可笑しく

とても嬉しかったことを覚えている

私の馬鹿げた儀式は　最後の何日か前まで続いた



窓が特徴的ですね。
物と人との対比がとても素敵です。

生活感あふれた家の中に四角く切り取られた景色。
ガラス越しに見える人の影。
場違いに見える　テレビのミスコンテスト。
近代的なお店のフレームの中　とても小さく見えるお爺さん。
キスが止まらないカップルと置き去りの受話器。

構図の良さもあるのですが　
物の配置にちゃんとした理由があることにとても感動しました。
櫛は手元　入れ歯は枕元　現金はベッドの下
いちいち暦に書き込み確かめる様子　ひとつひとつに祖母を思い出し
訪問先にひとつひとつバツがついていくことに怖さを感じました。
行き先のなくなる寂しさ　身の置き所が消えていく　やるせなさを。
カメラは戸口から　この暮らしを静かに見つめます。

何度もこの作品をじっくり眺めることになりそうです。
いい時間を　ありがとう。

腕のいい職人は技術をひけらかさない。
製作の過程を目を見張るパフォーマンスで示し、それも含めて作品とするのもひとつの考え方ではあるのだろうが。
「先輩の仕事を盗め」と言われた美容師修業時代、一番腕の良い技術者の「仕事」は未熟な目に何がどう上手いのか分からなかった。
淡々と基本的な動きを繰り返し、にこやかにお客様と談笑し、いつの間にやら素敵なスタイルが仕上がっている。
表面的には同じでも下手な手になるものはすぐに崩れ、その先輩のは驚くほど長時間綺麗に保った。
特別な事をしているわけではない、基本をきちんと習得しそれに経験が加わった熟練の技。
チンさんの「仕事」にはまさに「熟練」が感じられる。
カミソリもバリカンも一度で決める、一度あてた箇所は二度とさわらない。
ゴワゴワの髭にカミソリをすべらせる、その流れるような「手」に見とれてしまう。
とても93歳とは思えない、いや93歳だからこその「技」と言うべきだろうか。

あぁ、私はこんな事が言いたいんじゃないのに……でも、言わずにはいられない。
チンさんの「達観」の背景には確実に、職人としての人生があるのだから。
日本占領時代を知り、毛沢東時代を、文化大革命を生き抜き、経済に狂奔する現代中国の片隅に暮らすチンさん。
国がどうあれ、主義がどうあれ、あるがままを受け入れて一生懸命に生きる、チンさんの人生は人として誠実であったのだ。

舞台はオリンピック前の北京。
再開発の波に旧市街・胡同（フートン）は飲み込まれようとしている。
街と共に老人達も飲み込まれようとしている。
好むと好まざるとに関わらずやって来る運命を、静かに受け入れようとする人々に感動せずにはいられない。
自分がチンさんの歳になった時、この境地に辿り着けているのだろうか。
「どのように生きるか、死ぬか。」
折り返し点をとっくに過ぎて久しいが、きっと今からでも遅くはないだろう。
我が身を顧みて考えてみたいものである。

細い路地をきこきこと漕ぐ、チンさんの三輪車の後ろを、そっと押してあげたくなる。

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　なじみ客が理髪師チンさんに髭を剃ってもらう。頬や耳たぶや耳の裏側までキレイに剃りあげる剃刀さばきの大写しは、さながら職人の技。最後に蒸しタオルで顔全体を丁寧に拭きとると、おじさんの顔はつるっつる。ふぅと息をついておじさんがつぶやく。「いい気持ちだ」

　・・・ここまでがアヴァン・タイトル。もうこの数分の画にやられてしまう。貴重な人生が、豊かな時間が、ここにはある。

　90歳を過ぎても現役で理髪師を続けているチンさん。お客さんの家に三輪車で訪問、散髪を終えたあとはお客と煙草をくゆらしながらおしゃべりする。「運動した方がいいよ」「麻雀もいい」「歳をとっても身ぎれいにしてなきゃ」と、老けこんでいく友人に声をかけるチンさんの姿は自然体で嫌味がない。淡々と仕事をこなし、気の置けない仲間との麻雀を愉しむ毎日は、なんてことのない「日常生活」の繰り返しだ。

　しかし、時代は確実に移り変わっている。テーブルの上でジャラジャラと麻雀牌をかき回す爺さんたちの背後では、つけっ放しのブラウン管の古びたＴＶがミスコン国内大会の様子を映し出している。水着姿のすらりとした中国人女性の姿は、とてもチンさんたちと同時代を生きているとは思えない。また、街に出ればあちこちの石壁に「解体」を表わすペンキの文字が書きつけられている。オリンピック開幕が近付き、チンさんが暮らすフートンの街は再開発されてしまうのだ。チンさんのお客たちも一人、また一人とあの世へ旅立ってしまう。人も街も古いものが次々と廃れ、消え去り、変わっていく。

　この映画は、フートンの街とそこに生きる人々の姿を尊敬と哀寂の入り混じった静かなまなざしで捉え、その一瞬一瞬をフィルムに刻みつけるように写し撮って見せてくれる。チンさんが三輪車で走る石畳の一本道や、散髪の仕事をじっと見守っている猫や、蒸気の立ち上るヤカンなど、実に情緒豊かな画の数々はほとんど奇跡的と言いいたいほど。この世界は、ただ、そこにあるだけで美しいのだ、となんだか泣きたくなった。

　小さなエピソードの一つひとつはどれも味わい深く、特に後半、死への準備を始めるチンさんの行動を見ていると、「人生とは？」と考えずにはいられなくなる。自分の人生の歴史をカセットテープに何時間も語って録音したのに、猫がイタズラしてテープをダメにしてしまうところなど、人生の「重さ」と「軽さ」を思わされる。自分にとってかけがえのない人生も、他人からしたら何でもない時間の経過の跡でしかない。

　それでも、生きていくこと、命を長らえて全うすることは、やはり尊いことなのだ。チンさんの家の年代物の時計は毎日５分遅れる。時計屋に修理に持って行くも「下手に分解すると壊れてしまう」と断られ、チンさんは時計屋の言うとおり毎日５分針を進めることにした。いつか自然に止まるまで、毎日毎日、針を進める。運命を受け入れる「諦念」のしなやかさこそ、老いを生きる極意なのだ。

　かく、ありたい。