マン・ハント

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　史実から逸脱した『イングロリアス・バスターズ』の魅力的な終盤の展開をご記憶であれば、本作の冒頭のシークエンスに歯噛みすることは受けあいだ。
　泥を踏んだ足跡が山道を進んでいる。ライフルを取り出し狙いを定める男。ほとんど無言で進む、山中の狙撃シーンから始まるスリラー映画である。主人公が捕えられ、拷問を受け、死の淵から脱出するまで――ロンドン行きのデンマーク船に這い上がるところまで――は展開が速く、緊迫感に満ちて、フリッツ・ラングらしい様々な工夫が（たとえば引きずられた男の足の先が絨毯に線を描くところなど）映画の愉しさを強く感じさせる。スリラーといえばこの人、ジョージ・サンダースの冷ややかな存在感も魅力的だ。
　このサスペンスが持続すれば、ラングの他のナチものスリラーの秀作『死刑執行人もまた死す』や、ややトンデモ感はあるが実に面白い『恐怖省』などに並ぶ作品と思えたかもしれない（もちろん、本作の世評はそのように高いこともある）。
　僕の眼には、船に乗った主人公が乗組員の少年に助けられるあたりから、映画が緩み始めて見えた。突然の臨検でクローゼットに隠した主人公を見つけさせまいと努力する少年の姿にはユーモアが漂い、緊迫感がそがれていく。それはロンドン上陸の際の能天気な主人公の振る舞いもしかり、また追ってきたナチの一味との追跡劇も、追手の間抜けな所作が映画をコミカルな方向に押しやっていく。更にちょっとおつむの弱くて可愛い娼婦ジョーン・ベネットとのやり取りは、のんびりしたメロドラマめいてしまった。
　もちろん、可憐なベネットの存在感をロマンティックに楽しむことは出来る。だが、ナチに追われているはずの二人がのんびりブローチの買い物を楽しむ一方で、いかにも殺し屋然としたジョン・キャラダインが漫画的に見えてしまう。追跡スリラーとややコミカルなメロドラマが、ついに融合しないまま互いの魅力を相殺しあっているように思えてならなかったのだ。恐怖と恋、恐怖と笑いがどうにもズレてしまっている。
　もっとも、橋の上での二人の別れが警官に邪魔されるシーンは実に見事な演出で見入ってしまったし、ラストに近い主人公とジョージ・サンダースの対決も、伏線を見事に生かしたアイディアが素晴らしいと思う。
　つまるところ僕としてはひじょうに惜しい作品だ。ラングの似た題材のスリラーとしては、やはりどこかズレを感じてしまうゲーリー・クーパー主演の『外套と短剣』と同じくらいの評価に落ち着く。アルフレッド・ニューマンのスコアは聞き応えがある。65点。

この映画以上にドラマチックな一生を送った人だったみたいですね。

フリッツの本名はフリードリヒ・クリスチャン・アントーン。
如何にも由緒有りげな家柄・・・みたいです。
オーストリア生まれのユダヤ人で1931年の亡命もギリギリのタイミングらしかった。

本人はアフリカ大陸からヨーロッパのちにはアメリカにも渡って、
世界を股にかけた国際人だったのですから、この映画位は、朝飯前(笑
・・・みたいです。
第一次世界大戦で4度負傷、敵国人として収容所生活も経験している。
映画以上にドラマチックです。

この映画は冒頭にライフル銃で狙いを付けた相手をがヒトラーだった。それを意図していたか、否かという点がポイントになっています。
狙った男ソーンダイクは英国人。
伯爵かなんかの甥で、叔父さんは内閣で重要なポストについている。

ソーンダイクはゲシュポタから追われる身になり、助けを借りたジェーンという可愛い娼婦(娼婦に見えなかった！知的で愛らしくて)
とのラブロマンスとかもあって、なかなかのスパイアクション風でもありました。

1941年の製作年度ということで第二次世界大戦のさなか、まだまだ戦況が定まらないさなかに、ラストなんか荒唐無稽でして、
フリッツ・ラング監督の、視野の広さを感じました。

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イントロはまちがっていて、ソーンダイクはヒトラーと知っていてライフルを向けてます。ただ、初めは殺す意図はなかったようで、２度目の狙撃でようやく弾を込めたところを衛兵に見つかって阻止されてしまうのでした。

ソーンダイクにとってハンティングは、そっと相手に忍び寄り生死の支配権を握るためだけにあり、実際に殺してしまうのは野暮だと言わんばかりの、知恵比べとスリルを楽しむゲームのようなもの。冒頭のこの暗殺未遂シーンで、物語の空気感が明らかに伝わってきます。イギリス紳士で兄は外交官(だったかな？)、我は働かずとも食うに困らず、アフリカなんぞでハンティングの日々を過ごすソーンダイク。彼の物腰は柔らかではあるがどこか尊大。いいとこのボンボンが世界平和のために自らの命を投げ出す自己犠牲や使命感など持つわけはなく、あくまでも彼なりのハンティングの理論に乗っ取った行動だったのです。物語の基調は常にここにあり続け、ナチスとの攻防シーンには引き締まったアクションの醍醐味を感じはするが、イギリスでかくまってくれた女とショッピングなんて中弛みのシーンが長すぎたりしても特に違和感は覚えませんでした。物語は、非道な独裁者を倒す男の哀愁を描こうとはしていなく、ハンティングを趣味に持つ放蕩息子の気まぐれな行動を描写し続けるのでした。終盤までは。

いかにもなアメリカ的エンタメ路線で進行していた物語が、それはそれで旧いテレビドラマのようでほんわかして楽しいのですが、終盤からラストに向けてがらりと展開を変えます。ソーンダイクはその瞬間まで少しの緊張感は持つがなんとかなるさみたいな放蕩息子であり続けるが、自分の不用意な行動から生じた結果に性根を入れ替えるのでしょう。だらだらと趣味のハンティングの延長を続けていたソーンダイクは、ここで始めて人を狩ることに目覚める、最も危険な動物である人を狩る「マン・ハント」に打って出るのでした。

物語のほとんどは仮の姿であり、本当の物語はラストでようやく始まるといった、非常に凝った作品ではないでしょうか。
キャラクターや小物の質感などディティールにこだわった作りがリアリティと重厚感を物語に付加しています。
先日観た『ソーシャル〜』も、こんな感じっだたかなと思いました。★４−

イントロダクションの「相手がヒトラーと知らずにライフルを向けてしまった」というくだりには疑問、お遊びの標的に相手を厳選、実弾装填は気まぐれで私には確信犯に見えます。
いずれにしても主人公に時代に立ち向かう緊迫感は無く、その兄の英国政府要人にも暢気なお気楽さが伺える。
対してゲシュタポは、尊大・狡猾であっても（間違った思想なのは確かですが）ブレない信念がある。
許し難い事ではありますが、この時点で同監督の『死刑執行人もまた死す』に覚えた期待感は失せてしまいました。
第二次大戦序盤ドイツの破竹の勢いを後押しした周辺国の、認識不足と油断を批判を込めて表現したとも受け取れますが。（随分勝手な解釈ですが。）
逃亡中に匿ってくれた少年との関わりや美女とのロマンスはかなり冗長で、逃亡者の緊迫感はいまいち伝わらない。
追うゲシュタポ側の詰めの甘さ・無策も肩すかしの印象が強いのは否めない。
しかし６０年近くも前のソフトな表現方法に、私の理解が足りないのかとも思ってしまうのですが如何でしょう。

ドアの外の殴られ蹴られる効果音、拷問された主人公がシルエットで浮かび上がる、引きずられる足先が絨毯に描く線など、目を見張る表現は多々。
殊に地下鉄構内のシーンの美しさ、暗闇に吸い込まれる車両も秀逸です。
モノクロ作品だからこそ、なのでしょうね。

随分永い前振りではありますが、クライマックスはなかなかのもの。
大事な女性の死でやっと目は覚めたのか、一種脳天気だった主人公の目の前の敵に立ち向かう必死が狭い穴蔵に充満します。
そして意外性は無いものの、壮絶な結末。

フリッツ・ラング監督の「サスペンス・スリラー」。
終盤の迫力は流石と思わせるものがありますが、全体敵にはちょっと残念な印象でした。

なかなか興味深い作品だ。
この映画は、主人公のソーンダイク大尉（ウォルター・ピジョン）がドイツの警備兵に捕まり、ゲシュタポの担当官キーヴ・スミス（ジョージ・サンダース）とやりとりする前半部に集約されるといってもいい。　このやりとり（会話）の底辺は最後までブレない。

ソーンダイクが言う。‘（ヒトラーを）撃つ気はなかった。世界の大物なら狙ってみたい。だが殺しはしない。スポーツの一種であり、標的に照準を合わせるのは狩りの醍醐味だ．．．’

対するキーヴ・スミス。‘それは能天気な主張だ。あなたの民族（イギリス）の堕落を図らずも露呈している。我が国（ドイツ）は古き善への回帰により、ナチスは民衆を鼓舞する。’

ソーンダイク　‘破壊の蛮行によって？’

キーヴ・スミス　‘新世界の創造のためだ’

．．．と、まったく会話がかみ合わず、両者の主義主張が最後まで底辺に根付いている。
（当然といえば当然のことだが）
さらに続き、
ソーンダイク　‘スポーツだ。弾がなければゲームにならない。ヒトラーは神になりたい男だと思っている．．．’

キーヴ・スミス　‘１９３９年７月２９日付、暗殺未遂の供述書にサインしろ。政府の命令で総統を狙ったと．．．’

これらの会話の合間に、Ｇ・サンダースが流暢なドイツ語を喋る。
そして作品中、何度かドイツ語の会話がでてくるが、それに対する日本語字幕はなぜか出ない。

フリッツ・ラング監督作品の鑑賞は本作が１１本目。
３１年「Ｍ］、３６年「激怒」、３７年「暗黒街の弾痕」、４０年「地獄への逆襲」、４３年「死刑執行人もまた死す」、４４年「飾窓の女」、４４年「恐怖省」、５２年「無頼の谷」、５３年「復讐は俺に任せろ」、５４年「仕組まれた罠」、そして本作。
みな素晴らしい作品ばかりだったが、中でも「Ｍ」、「死刑執行人もまた死す」、「飾窓の女」は最高傑作で、この「マン・ハント」もそれに近い面白さだった。

ラングの作品は適度なサスペンスの緊張感がある。
この「適度」というのがポイントで、作品を味わう「心地よさ」につながる。
アーサー・Ｃ・ミラーの素晴らしいカメラワークと陰影の妙。
光と影が巧みに使われている。
基本、白黒だが、陰影の美しさによって中間色が写し出される。
この中間色があるからこそ、観ていて心地よい。
つまり「適度」な「中間色」がいい。

中盤、ソーンダイクとジュリー（ジョーン・ベネット／４４年「飾窓の女」でヒロイン役）の恋愛模様も描かれるが、そこででてくるジュリーの帽子に付ける「ピン飾り」。
これがラストに効いてくる。　この小道具の使い方もさすがラング。

主演のウォルター・ピジョン。遅咲きの彼は本作出演時、既に４４歳。
この後、多くの名作に出演、７６年「パニック・イン・スタジアム」（遺作）では気丈なスリ役を演じていた。
対するＧ・サンダース。ピジョンより９歳若く、出演時は３５歳。
だが、本作に関しては、主役を喰っている感がある。　凄みを感じさせる。
「謎多き俳優」としても有名で、‘６５歳になったら自殺する’といってはばからず、実際そのとおり実行したという驚愕の事実が残されている。

前半、少年船員ヴァナー役で登場するロディ・マクドウォールの愛くるしい可愛さが印象的だ。