やすらぎの森

カナダ、ケベック州アビティビの森に、世間を離れて暮らす3人の老人が住んでいた。
森の近くには寂れきったホテルが建っており、支配人スティーヴは大麻の売人でもあった。
彼は老人達と協力関係にある。スティーヴは老人たちに生活物資を届け、老人たちは森で大麻栽培に協力していた。
老人の一人テッドが急死して間もないある日、スティーヴが療養施設に60年間入所していた伯母を連れて森に来た。
さらに、60年前の大火災生存者に取材する女性写真家ラフが、生存者の一人テッドに会うため森にやって来る。

伯母は16歳の時、霊媒や預言者めいた言動をとったため施設に入所させられた。
60年の施設生活から解放され自由を得た伯母は、本名を捨てマリー・デネーシュと名乗る。
彼女は老人の一人チャーリーと愛を育み「長生きがしたい」と言って幸せそうに微笑む。
60年もの間、家族に忘れ去られ、自由のない生活を送ってきた女性の再生の物語…なのか？

規律や妥協、苦しみから逃れるために森での生活を選んだ老人たち。
死ぬ時を自由に決める彼らは、健康な飼い犬を道連れにして逝く。殉葬かよ…
なんだかんだで、登場人物達は（明暗分かれるが）進む道を選択して終わる。
邦題に惹かれて視聴したが、やすらぎを感じることはできなかった。

伯母を演じたアンドレ・ラシャペルは撮影当時87歳だったと言うが、水泳や性愛シーンもこなし熱演していた。
2019年11月に亡くなったそうだ。

終盤、ラフが撮った写真や資料で構成された美術展が開催される。
生存者の一人は「窒息した鳥が雨のように降ってきた」と火災の激しさを回想していた。
モノクロで撮影された火災の映像展示は、劫火のようだ。
生存者の写真やテッドの絵画からは、愛や鎮魂よりも喪失という言葉が思い浮かぶ。
この美術展に行ったらメンタルを削られる…
森林火災など防災企画展をやった方がいい気がしてならない。

　ほっとするような邦題とカバー写真から、てっきり美しい自然に囲まれて晩年をひっそりと穏やかに暮らす生活やそれを支援し見守る人々の温かい交流を描いた物語なのだろうと勝手に思っていたのですが、実際にはむしろ逃れられない現実の厳しさを感じ、ほろ苦い余韻の残る映画です。私には合いませんでした。「雨のように鳥が降ってきた」というのが原題で、大規模な森林火災による炎や煙で死んでしまった鳥の死骸が、まるで雨のように上空から落ちてくるという悲惨な状況を表しています。過去だけではなく現在も、やすらぎの森は森林火災に脅かされて、最後にはそこを離れるかそこで死ぬのかの決断を迫られます。

　舞台はケベック、朝もやに霞む針葉樹の深い森や湖はとても厳かで美しく、社会から隔絶された自然の中でのゆったりとした自由気ままなスローライフは魅力的ですが、この映画がそれを否定しないとしても肯定までしているのかどうかは曖昧なままです。兎を捕ったり魚を釣ったりはしても、自給自足の生活というわけではないので、食料品や生活必需品を購入する必要があります。彼らはそのために違法な大麻栽培をしていて、発覚すれば逮捕されたり森を追われたりする危険性と隣り合せです。また、いつどこで死ぬかは自由に自分で決めたいと、青酸カリを常備しています。雪の降り積もるだろう厳寒の冬の暮らしについても触れられていません。

　物語は３つのストーリーで始まり、やがてそれらがひとつに融合します。様々な事情によって世捨て人のように森で孤独に暮らす高齢の３人の男性テッド、トム、チャーリー。精神障害だと家族に誤認されて60年間も精神科療養施設に隔離されていた80歳のジェルトルード。彼女は弟の葬儀のために初めて施設を出るのですが、もう戻りたくないと言う伯母を、施設には無断で甥のスティーヴが森に連れてきます。スティーヴは近くのホテルの管理人をしていて、老人たちの栽培した大麻を売りさばいたり生活物資を届けたりして助けている。そして、写真家のラフ（ラファエル）、美術館の依頼で彼女は、被害が甚大だった数十年前の森林火災から生き延びた人々の取材をしている。そのひとりであるテッドを訪ねて森にやって来たのだが、すでに彼は心臓発作で他界して会うことは叶わない。

　テッドは森のアトリエに多くの絵を遺していて、亡きテッドを含めた５人の束の間の交流が描かれる。深く傷ついていたジェルトルードは豊かな自然に囲まれた穏やかな環境で次第に癒されていくけれど、５人それぞれに意見の違いや異なる想いがあり、不協和音も生じてしまう。ラフは、テッドは絵の公表を望んでいたはずだと決めつけて、鍵のかかったアトリエから彼の絵を持ち出して、森林火災の悲劇を伝え犠牲者を追悼する「雨のように鳥が降ってきた」展に、自分の写真と共に展示してしまう。

　火事が近くに迫ってきて州警察や森林警備隊が活動を始め、逮捕されるかもしれず、このまま森で生活することは危険になり、トム、チャーリー、ジェルトルードの3人は、これからどうするのか決断せざるを得ない。映画は、ある意味、幸せな結末にはなっているのだろうと思う。ただ、内容にどうしても納得できない点があって、とても不快に感じる。飼い主の死とともに、元気な愛犬も安楽死させて一緒に埋葬してしまうのだ。こんなことはカナダでは許容範囲なのだろうか。愛犬だけ残されたら可哀そうと、所有物のように道連れにしてもいいものだろうか。人間の身勝手ではないだろうか？　とにかく凄く気分が悪い。