スワンソング

　「白鳥の歌」というのは、死に瀕した白鳥が最後に歌う歌。この映画もまさしく、老いた主人公が彼らしく人生を締めくくる最期の２日間を描いています。かつて人気を博した伝説のカリスマヘアドレッサーであり、ドラァグクイーンとして輝いていたパット（パトリック・ピッツェンバーガー）は、今は老いて、生活保護を受給しながら、老人ホームで死を待つだけの無気力な日々を送っている。介護士に隠れてタバコを吸い、紙ナプキンを折りたたむぐらいしかすることがない。「星は輝きを失い　風は冷たさを増し　私は老いに気づく」と、背後に流れる曲の歌詞が彼の現状を物語っている。（この映画の選曲はとても気が利いていて、懐かしい様々な曲の歌詞がその場その場の彼の心情をさり気なく代弁している。）

　そんな彼を弁護士が訪れて、長年疎遠になっていた彼のかつての顧客で資産家のリタが亡くなり、遺言で彼による死化粧を望んでいると伝える。パットは、巨額の報酬に反骨心を刺激され最初は断ってしまうのだが、隠したタバコを探し回って自分で紙ナプキンだらけにした自室に呆然として、老人ホームを抜け出し、故郷の街サンダスキーに向かう。指にはめる思い出の指輪の数々は、彼にとってこれが過去をたどる旅なのだと示している。最愛のデヴィッドと過ごしたかけがえのない日々、デヴィッドの墓碑には、同じ墓に埋葬されるべく、すでにパットの名前も彫られている。関わりのあった人々との再会と回想。今までのパットの人生が次第に浮き彫りになってくる。

　同時に、時代の変化をまざまざと感じさせられる。彼の愛用していた化粧品店は黒人の経営する美容室になり、デヴィッドと住んでいた思い出の家は取り壊されて更地になっている。彼が活躍したゲイバーは経営者が変わって、ドラァグ・ショーは今夜が最後、ダンスフロアもなくなってしまうという。ネットの時代にゲイバーは必要とされず、今は、ゲイのカップルが子育てのできる時代でもある。様々な変化に遭遇しながら、自分の人生を回想して、パットは彼らしく実に破天荒に最期の２日間をサンダスキーで過ごす。そして逡巡していたリタの死化粧へとようやく向かうのだが、ふたりにはある深い確執があったのだ。リタの孫、若いダスティンの語るリタの思い出話が、死期を覚悟したパットの心を和ませてくれる。

　プロらしい腕前を最期に発揮して、カリスマヘアドレッサーとしての矜持を示す映画なのかと思っていましたが、職業的なカリスマ性というよりは彼の人生そのものに焦点が当てられていて、ヘアドレッサーとしての仕事のシーンが少なかったのが少々残念です。むしろドラァグクイーンとしての彼の輝きの方がより印象的でした。

オハイオ州のサンダスキーという田舎町の老人ホーム。パトリックはパートナーのデビッドに先立たれ、死ぬのを待つだけの毎日。夕食がすんだらやることがない。紙ナプキンを持ち帰って、きれいにたたみなおして箱にしまう。そうやってたたまれたナプキンが部屋に何百枚何千枚とある。狭心症があるので喫煙は禁じられているがMoreという細身のタバコを隠している。これしか楽しみがないのだ。
もう何年もホームを出ていないパトリックだったが、「スワンソング」（人生最後の大仕事）にとりかかるためにホームを抜け出し、ヒッチハイクで町へと向かう。あぶない徘徊じいさんであるが、意外にも背筋はしゃんと伸びている。彼はかつて「ミスター・パット」とよばれたカリスマ美容師だったのだ。10本の指すべてにゴージャスな指輪がはまっている。「ひとつひとつにストーリーがあるのさ」「どんな」「忘れた」（爆）
このじいさん、この大仕事を本当にやる気がるのかないのかよくわからないまま映画は進む。繰り返し頭に浮かぶのはデビッドと過ごした日々。町の金持ちが皆みな自分の客だった頃。ドラァグクイーンとして喝采を浴びたステージ。そして育てた弟子が自分の店の真向かいに店を構えたり、上客でもあり友達と信じていた女優（実は彼女の死に化粧にむかっているのだが）が、デヴィッドの葬儀にあらわれず、裏切られたと感じたつらい記憶。現実と、思い出と、妄想がごっちゃ。何十年も前に1回だけ店に来た客のことを、はっきり憶えていたりする不思議もある。
誰もが自分の老いと重ね合わせずにはいられない。さてじいさん、やるときゃやるってところ、見せてくれるのか？

テンポが悪かった。

ちょっと変わった感じのじいさんが施設で好き勝手やっている。そこに男が現れて依頼をする。ほぅ、どうなるのやら、と思ってみていたら色々あって外に出て、かつての思い出とともに道中色々ありながら物語は進んでいく。ロードムービーというほどではないが、雰囲気がそれっぽくて良い。

施設でなにやらやっているときはなんともなかったのですが、徐々に本性が出てきて「なるほど、そういう人だったのか。」となっていくのが面白い。描き方がうまいなぁ。設定としては癖の強い方のはずなんですが、ドギツサをあまり出さずに描いておりました。

老いていけば枯れて美しくなっていくなんていうのは物語でして、この作品は物語でありながら人間の愛憎の部分をしっかりと描いていて主人公を決していい人で終わらせるような形にはしていないのが良かったです。

あぁ、人生は色々あるんだ、としみじみ思える、いい作品でした。

アメリカ・オハイオ州サンダスキーの老人ホーム

ヘアメイクドレッサーの仕事を引退し余生を送る“ミスター・パット”ことパトリック・ピッツェンバーガーは、思わぬ依頼を受ける

亡き親友の遺言に最後のメイクを施す依頼だった

実在の人物をモデルに描いた素敵な人生のロードムービー